映画 映画

「ワン・デイ 23年のラブストーリー」を観て感じた事。

*↑クリックすると楽天ページに飛びます。

最近涼しく成ってきまして、夜長が嬉しい感じです。

寝る前の楽しみとして、初期のなんですがipadを枕元に置き、映画を観ながら眠りにつくってのが最近のお気に入りの寝入りですw

ネット動画は、随時映画やドラマのラインナップがリリースされるんで、チラチラと何か面白いの無いかなぁと見ていると「を?」っと指を止めて見てしまう女優さんが居りました。

「アン・ハサウェイ」さん、素敵です。どこに居てもどんな役柄でも(世間からどんな評価か知りませんが)輝いてる彼女を見落とす訳に行かないので、どんな映画かまったく知らずに題名の映画「ワン・デイ 23年のラブストーリー」を選択してみました。

動画配信サイト:

https://video.unext.jp/title/SID0017581

ヨーロッパ映画らしい切ない脚本と抑えた演出

見出しは、さも映画評論家的にしてしまいましたが、ふとこの映画を思い出し客観的に表現、感想にするとこんな感じでした。

全編に流れる「切ない感」は、あのメジャー映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を彷彿させてくれました。

 

王道的な「切ないラブストーリー」としては「ベンジャミン」も相当心に残りましたが、ベンジャミン主演の名優「ケイト・ブランシェット」さえも霞む、ワンデイ「アン・ハサウェイ」の抑えた好演が光っていた様な気がします。

しかし男子がとっても苦手とするラブストーリーではあるのですが、今回はなぜか「嫌み無く」心に残ったので投稿してみます。なおネタバレ全開なので、映画をまだご覧に成ってない方は、映画を観終わってから読んで下さると幸いです。

 

どこまでも可憐なアン・ハサウェイと、どこまでもハンサムなジム・スタージェス

もちろん恋愛映画ですから、主演の男女は美男美女である必要がありまして、この映画もアン・ハサウェイ(エマ役)とジム・スタージェス(デクスター役)が最後の最後までキッチリ決めてくれました。

エマとデクスター二人の出会いは、1988年7月15日、両名が通っていたエディンバラ大学の卒業式にて。その時すでに惹かれ合い、しかし恋とは認めたくない可能性に溢れた若い二人はその後別々の人生を歩んで行きます。

人生の波に翻弄される彼らではあるけど、いつもお互いの心に居たのはエマ、そしてデクスター。互いに気持ちは変わらない。でも…

って、感じでストーリーが進んで行くんですが、出会った日に「友達で居よう」って選択してしまった二人は、どうしても自分たちの「心」に素直に成れなくて、どこかで「友達を超えてしまったら不幸に成ってしまうんじゃないか」って思ってたのかも。

コレ、何となく分かる気がする。少し異性として惹かれてるんだけど友達を超えると絶対に仲良しで居られないって、そんな感じは現実世界でもありそう。

 

7月15日

1988年の7/15から、2012年の7/15までの「彼らの23年間の7月15日」の出来事だけを主体として映画に成っているんですが、若い頃の7/15、頑張っている頃の7/15、そして人生が熟れて来ての運命の7/15、と言う感じ。

そんな彼らの模様の中で、若い頃、エマ(アン・ハサウェイ)は、小説家を目指しアルバイトをしながら希望に燃えて人生を送るのですが、まったく芽が出ない日々。対照的にデクスター(ジム・スタージェス)は、煌びやかなTV業界の仕事を始め、金も女も手に入れ、スターダムに乗りながら絶好調の日々です。

その頃を観ていてちょっと印象的だなぁと思ったんですが、自信満々のデクスターが自信喪失しているエマにある言葉をかけるんですね。

「今の君に足りないのは『自信』だよ。」

 

まったくその通りなんですが、エマは自分の才能の凡庸さに悩み苦しみ、好きでもない仕事を毎日こなし、そんなに好きでもないボーイフレンドと共に生活していて、密かに心を寄せるデクスターはもう遠い空の人。

叶わぬ恋と割り切り、人生に付いても数々の「諦め」を経験している頃、そんな言葉を投げかけられます。

20歳代の中盤、後半てまさしくそんな頃だったよなぁと思いながら観ていました。自分より能力の高いと思われる同級生達は、遥か彼方先を突っ走ってるように見えて、気持ちは焦るのだけど、でもやっぱり敵わない気持ちもあり多くの事で自分が諦めてしまう心境な頃。

エマに自信がないのは、とても共感でした。身の丈に沿った人生を送ろうとしっかり足下を見つめ直し、一生懸命前を見ようとするエマ。心が葛藤している様はとても心を打たれます。

 

息が切れる者。そして追いつき追い越して行く者。

その遥か彼方先を突っ走るが如く、絶好調な人生を送るデクスター。でもそんな時期も続かないのは世の常なんですね。

デクスターは、エマの気持ちを知ってるにも関わらず他の(綺麗な)女性と結婚してしまいます。エマはその事実をとても切なく受け止めるのですが、自分の運命を噛み締める様に受け止めて行く。

そして二人には大きな転機が起こります。

デクスターには子供が生まれるのだけど、その頃彼の仕事(調子)は下降線に向かって来ました。自分自身の「演出」が上手く行かなく成ってしまったんですねその「自己演出」のせいで、自分を見失い、自分らしさを表して生きて行けなく成ってしまったんです。

その頃エマは彼女が執筆した小説の原稿料を取る様に成る。一度は諦めていた「物書き」としての資質をここに来て認められ、それをもちろん受け入れて行く。本当に淡々と。

そんな中、デクスターは離婚。彼の下降に伸びているベクトルは、まだまだ収まる気配がありません。辛い日々が続いています。誰かに身を委ねたい寂しさなどを彼から感じて来ます。

デクスターは、いつでもエマは待っていてくれると勘違いして「寂しさを持つ心」でエマに会いに行く。やっぱりエマじゃないとダメかもしれないってココでようやく気が付き、エマにしっかり気持ちをぶつける覚悟でエマに会いに、エマの住むフランスへ。

 

しかしエマはもう次の人生に向かっている所だったし。

エマに好きな人が居る事を打ち明けられ、愕然として彼女の元を離れるデクスター。切ない。 仕事もダメ。家族もダメ。何をやっても上手く行かないデクスター。

「ぐ〜〜切なすぎるなぁ」と思った瞬間、力強く彼の背中から呼ぶ声が。

エマの心の葛藤も垣間見れましたが、「素直な自分」を表した彼女がデクスターの元に駆け寄って行く。エマはデクスターの事が好き。愛しい。本当に好きだったんでしょうね。何よりも何よりも、ずーーっと好きだったデクスターを手放す訳に行かない事に気が付いたのでしょう。

自分に素直に成り、そして「自信」に漲っている今のエマは、彼の胸に飛びつく準備が万端だったのでしょう。良い場面です。

ここまで、心の正直な役柄の多いアン・ハサウェイと、容姿端麗で頭の切れる役柄の多いジム・スタージェスは、見事に演じて行きます。

数十年を経る役柄なのですが、両者とても上手にその時その時の彼らの情景を演じて行きます。

この辺りからでしょうか、ジム・スタージェスのとてもナイーブな男性の演技、アン・ハサウェイの芯のしっかりした凛とした女性の演技、にどんどん引き込まれるのを感じました。まさにこの映画のキャスティングは、ココら辺りの場面を焦点としていた事が分かってきます。

 

幸せを掴むが

前情報がなく観ていたこの映画は、「よくある恋愛ストーリーだな」と言う感想と共にそろそろエンディングを迎えるのかなぁ「良かった良かった」って思っていた瞬間、数々のフラッシュバックから冒頭のシーンに戻ります。

冒頭、エマが何だか先を急ぐ様に自転車に乗るシーンと成っていました。凛としていて、夏なのに少し肌寒い日の様な情景です。

その日の朝、子供が出来ない事に珍しくデクスターに八つ当たりをするエマが居ましたが、そんな気持ちの彼女を優しく包容するデクスターは

「今日は仕事が終わったらデートしよう!」

と、約束。彼の心は、全てをエマに捧げている様でした。

その約束にちょっと遅れている事で、待ち合わせのカフェまで自転車の運転を急ぐエマ。そして裏道から道路に出た瞬間…

悪夢の様な光景が襲って来ました。

曲がり角を曲がる彼女を、一台のトラックが跳ねてしまったのです。

彼女の一生がここで終わります。 そしてデクスターは、せっかく掴んだ幸せをまた無くしてしまいます。

 

この世に生まれる意味

このシーンの雰囲気は、「ジョーブラックをよろしく(原題:Meet Joe Black)」の冒頭シーンを彷彿とさせます。思い出したのはワタシだけではないと思いますが。

ジョー・ブラックをよろしく [DVD]
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
¥649(2020/03/16 14:40時点)

 

デクスターは、もうどん底まで心を落としてしまいます。そして印象的なシーンをまた見せてくれました。

傷心で落ち込むデクスターが父親とテレビを一緒に観ています。父はひと言、

彼女が居る様に生活してみなさい

と言いますが、デクスターは

「そんな事出来ない」

って答えます。

しかし父親は

「出来るよ、私はもう何年もやっている」

と最愛の奥さんを先に亡くしていた父は、彼に優しくそして強く彼を励まします。

こんな時「頑張れ」とか言うヤツには心から腹が立ちますが(だって頑張ってる筈だから。更に頑張れって事?って思ってしまうから)、家族だから言える事がここに在るっ、て感じです。

ここから印象的なラストシーンまでフラッシュバックを取込みながら進んで行きます。

 

ラスト、エマとの思い出の丘に、前妻との間に生まれたデクスター父子が居ます。そしてそこでの会話がまた心に響くんですね。

「ここには、エマと来たの?」

「そうだよ」

「彼女が恋しい?」

「もちろんだよ。彼女はパパの親友だから」

「ジャスミン(娘)は、親友は居るの?」

「うん、たぶん〜ママ・・かな。」

「パパだって悪く無いぞ」

「答えられないよ」

・・・

「パパは、パパだもん」

 

そうか、ここで初めて結論なんだなって思いました。

「エマは親友だったけど、エマは友達ではなくエマだったんだ」

「でも…親友でもあるな」

って、デクスターの頭の中を読んでみましたが、どうでしょうか。


*クリックすると楽天ページに飛びます。↑

ここで一つ疑問に思うのですが、せっかく彼らは幸せな生活を見つけて、そして一生迷わず共に進んで行こうと思った瞬間彼女は死んでしまいました。

現実にも起こり得る事なんですが、これからって時に彼女はなぜ死んでしまったのでしょうか? この世に生まれてすぐに死んでしまう赤ん坊が居る事を思い出すと、どうして生まれて来たのだろう?って疑問を持ってしまいます。

 

持論ですが、どんな人にも何かしらテーマを持って生まれて来ていると信じている所があるのですが、そのテーマに向かって生きて行こうと思った瞬間に死んでしまうお話、どうも納得行きません。

しかしここでもう一歩深く考えてみると、死んで行く彼らは「彼ら自身だけの人生」では無いって事に気付きます。

「ん?何を言ってるの?」って思われると思うのですが、死んで行く「彼ら」には、両親が居て、兄弟が居て、或は友人が居て、恋人が居て、仕事仲間が居て、或は芸能人とか有名人であればファンが居て、例えばこのエマを跳ねてしまったトラックの運転手とか、この事故を目撃した人々とか、更にその「彼ら」に関わる人々がたくさん居る筈なんですが、その「関わる」人々の一部でもある筈だって事かな。

その「関わっている(いた)」人々のテーマにも「関わっている」って事が一番しっくり来るかなって思います。

デクスターの人生のテーマは、何だったのだろうか? デクスターは両親から「愛情を持った人間になりなさい」と言われます。それが彼の人生のテーマだったのかもしれませんね。そしてデクスターにとってエマの死は、まさに「愛情とは何たるや」と言う答えでもあり、「最愛の人の死」と言う最悪の現実から教えられたのかもしれませんね。

 

永久に生きる愛しい人

「ワン・デイ 23年のラブストーリー(原題:One Day)」という題名は、まさしくこの映画のストーリーそのモノでした。

出会ってから23年間のこの「一日(one day)」を通して彼らを眺めていると、ふとワタシ自身の過去や歴史と重ねてもしまいました。

ただ彼ら程ドラマチックな人生を送ってる訳ではないけども、でも、たくさん共感出来たなぁって思います。

 

自分が信じている事の一つに、

「死ぬ事」ってのは「今生で目的を果たしたと言う意味」

てのがあります。

エマは何かしらのテーマを遂行し、そしてこの世を離れたんじゃないかって思うんですね(映画ですが)。

そしてエマに関わる人の一部として、ずっと彼らの心にエマが残って行く。それが最も「しっくり来る」考え方だって思ってます。

こうして映画や物語、或は現実で伝えて来る風景は、「ワタシ自身のテーマ」にとっても重要な一部だと認識しつつ、このスピリチャル風な考え方から筆を置きたいと思います。

そうそう、この映画は、とっても心に残るロンドン、スコットランド、パリの風景を持っていて、ココ無くしては彼らのドラマがココまで彩られなかった事は紛れも無い、って思ったりしました。

皆さんは、どうご覧になりましたか?

ではでは。

コメント

  1. 北條 浩次 より:

    同じくhuluで観た者です。実はこの作品は二度目ですが、1度目は途中から観たので最初から観てみようと思い二度目を観ました。
    (アン、サファエイが好きなのもありますが)
    1度目を観て(途中から)結局二人は結ばれずに終わると勘違いしていました。

    二度目を観終わり色々考えさせられる良い映画だと思い、ヤフーで検索して、あなたの感想にたどり着きました。

    僕もあなたの感想に賛成です。
    スピリチャルが特にです。

    映画って本当に良いですね。

    • OSAMUOSAMU より:

      コメントありがとうございます!また、ワタシの感想にご賛同頂いてとっても嬉しいです。

      影響力をくれる映画に出会うと、またそこから一歩進んで行ける気がしますよね。まだまだたくさんの映画に出会って行きたいです。

  2. えみ より:

    ワン・デイの感想を検索していたところ、こちらに辿り着きました。
    さんざん焦らしてやっと幸せになった2人に対して、余りにも残酷な仕打ちだと、映画ながらに苛立ちすら覚えてしまいましたが、ここの解釈を読んで少し腑に落ちました。
    最後の丘でのシーンも、エマの存在意義を改めて確認する大切な場面だったのかもしれませんね。(配偶者からしたら、恋人でも友人でもない、固有名詞の強烈な第三者の存在はちょっとしたホラーかもしれませんが…笑)

    いろいろな解釈を拝見出来てとても良かったです。
    ありがとうございました。

    • OSAMUOSAMU より:

      えみさん、こんにちは。返信が遅く成り申し訳ありません。

      この映画の監督が言いたかった事って、また違う所にあるのかもしれませんが、落とし処はちょっと難解ですよね(笑)。でもきっとそうやって色んな解釈を持たせようとした意図と、それと後は、二人が過ごした悲喜こもごもな時間をよりクローズアップされたストーリーなんだろう、って思えば、それはそれで良いのかな、とか考えたりします(笑)。久しぶりにまた観ようかな。コメントありがとうございました!

  3. Kana より:

    こんにちは
    ワンデイ検索でこちらへたどり着きました。

    3年ぶりにワンデイをまた観て
    以前とは違う感動でした
    きっと私の心が成長したのかと

    私は13年前にデクスターのような存在と出会っています

    男女から親友になりまた男女になったりと、元々 付き合っていないので
    別れもないのです。

    北海道と東京なので 頻繁にメールしたかと思うと3年音信不通、5年会わなかったり。。。

    お互い、結婚したり片方は離婚したり旅に出たり海外移住を夢みて仕事したり
    お互いの人生を尊重してきました。

    でも会う機会も少ないので久しぶりに会うと

    全てが愛しいのです。
    例えようのない安心感。

    映画の中で
    彼の足の陰陽タトゥーのシーンで思うのです。
    スピリチュアルに表現するならば
    ツインレイ、ツインフレーム

    その出逢いは
    無条件の愛を体験する
    元々 人の心の本質に戻る
    無条件の愛を再現するため
    私にはそんな深い映画に感じています。

    無償の愛は世界を一瞬にして変える

    人の本質はこの
    本当はワンデイそのもので

    ただ
    受け容れ、許し
    祈り、愛する
    やがてそれは相手の心に影響し
    自信、勇気、優しさ、至福

    デクスターもいつかエマに愛された素敵な思い出を胸に
    幸せな気持ちで新しい人生
    そして、エマによく似た女性と出逢い
    過ごしていくんだな~なんて
    勝手に想像してます。

    私には大きな意味のある映画でした

    きっとエマは心の深いところでデクスターの戻れる場所を作っていたんだな。
    なんて思います。

    OSAMUさんの感想にたどり着いたことにも感謝です。
    ありがとうございました♪

Do NOT follow this link or you will be banned from the site!
タイトルとURLをコピーしました