【回顧】増沢(牧原)由貴子騎手引退で思い出した事

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【Wikipediaより】

先日彼女の騎手引退のニュースが入りまして、個人的に今まで大した絡みはなかったのですが、ちょっと回顧してみました。

彼女が残して行ったもの

彼女はデビュー当時から「可愛い」キャラの一貫したイメージがあるのですが、時に見せるとても厳しい表情は、競走馬の騎乗に関してとても「ストイック」な人というイメージを植え付けました。

20代の頃は特にいつも厳しい表情が印象的な彼女でした。普段から口数も少ないのですが、声を掛けると必ず笑顔で接してくれる男社会の一輪の花の様な存在でしたが、物悲しい表情をしている事も多かった印象です。

 

一つ、強烈なレースの印象があります。

1997年4月の中山サラ系4歳未勝利レースで、彼女は6番人気のエアパームと言う馬に乗っていました。そのレースは自分が調教していたヤマニンバズーカと言う馬が1番人気で出走して居り、その時は他の所属馬の出走が多かった事もあり中山競馬場に赴いていました。

このヤマニンバズーカと言う馬、調教時計が猛烈に出る馬で、ヤマニンゼファーの血統と言う事もあり、新馬戦から人気の馬だったのですが、実はとんでもない気性難でした。

ある日美浦トレセンの坂路コース(まだ3ハロンの時)で追い切りをした時、1ハロン目から12秒の超速ラップを踏んでいたら、ちょうど坂路の中間地点で「ザーー!!」と止まってしまった事もあり(おおよそ想像付かないでしょうが、秒速16メートル強で走っている馬が止まってしまうってのは、騎乗者からすると考えられないです)、いつ止まってしまうか分からないこの馬は、レースで騎乗するジョッキー達を「恐怖」に陥れていた「曰く(いわく)付き」でした。

 

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netkeiba.com

 

7着、4着と来た3戦目のその未勝利戦。今をときめく柴田大知騎手が乗っていて(彼も調教中に、この馬に投げ出された一人)、競馬でも直線、自分が苦しく成ると止まってしまう様な馬なので、もうそれは観ている方も「ヒヤヒヤ」

早めに抜け出したヤマニンバズーカは、中山の直線の坂に差し掛かった時、一頭の馬に追いつめられ始めたのですが、それが牧原由貴子騎乗のエアパーム。

抜き去る勢いで怒濤の足を繰り出してきます。早めに抜け出しているヤマニンは、苦しさの中でいつ止まるか分からない状態。レースに出走して来る馬の情報は、参加する騎手達は積極的に仕入れていると思うので、「気性難」なライバル馬ももちろんチェック済みです。

そりゃーもう、由貴子さんが「グイグイ」横からぶち当てる様に責めて来るんで、柴田大知も手綱を何度も持ち替え、馬を叱咤し応戦。その時、増沢(牧原)由貴子騎手の「レースに対する厳しい姿勢」を大いに感じさせて頂きました。

結果は残念ながら鼻差の2着にて入線(ヤマニンバズーカと柴田大知は、難を逃れ優勝)だったのですが、レース後調教師が「女にケツ叩かれてんじゃねー」とこんな気性難な馬で勝った柴田大知に厳しい一撃。(余談ですが、増沢由貴子と柴田大知は、競馬学校同期。福永祐一を含めたご存知花の12期生。)

彼女の騎乗は、それくらい鬼気迫るプレッシャーだったのです。

 

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どうでしょうか?この可憐で素晴らしい騎乗フォーム!

クラショウエース号 1997,8/31 3回新潟サラ系4歳以上500万下優勝レース
週間Gallop様ストックよりお借りしました。(佐藤雄彦さん、ありがとうございます!)

 

伝説として

彼女は、地方競馬を含めた女性ジョッキーのランドマーク的な存在でした。この勇姿がもう競馬で観れないのが残念でなりませんが、現在は主婦業と調教助手業を両立され、次のステップに向かわれている様です。

JRAには、女性ジョッキーが居なく成ってしまったようですが、とても体力と腕力、そして強い精神力を保持しなければならない騎手と言う職業は、女性蔑視のつもりは毛頭ありませんが、女性には難しい職業なのかもしれませんね。

その中で彼女が残した功績は、きっと将来「伝説(Legend)」として残って行くのだろうと思っています。

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